死に至る罪とは?

Q.質問 1ヨハネ5:16に死に至る罪と死に至ることのない罪という言葉がありますが?

「もしだれかが死に至ることのない罪を犯している兄弟を見たら、神に願い求めなさい。そうすれば神は、死に至ることのない罪を犯している人々には、いのちを賜わるであろう。死に至る罪がある。これについては、願い求めよ、とは言わない。不義はすべて、罪である。しかし、死に至ることのない罪もある」1ヨハネ5:16,17。

A.答え

① まず文脈から見ましょう。前後関係を見ると。14節、15節、16節 「願い事をする」とき、特に「罪を犯している兄弟のために」願い事をするときのことを言っています。

②死に至ることのない罪を犯している人々を見たら、神に願い求めなさい。いのちを賜るであろうと言っています。

③神はどんな罪でもゆるされる方であるとマタイ12:31に書いています。しかし、ゆるされない罪があるとも書いています。それは何でしょう。

マタ 12:31 だから、あなたがたに言っておく。人には、その犯すすべての罪も神を汚す言葉も、ゆるされる。しかし、聖霊を汚す言葉は、ゆるされることはない。マルコ3:29

④ なぜ、聖霊を汚す言葉は、ゆるされることはないないのでしょうか。

ヨハネ16:8を見よう:「それがきたら、罪と義とさばきとについて、世の人の目を開くであろう」。

罪を示し悔い改めてゆるされ、命に導くのは聖霊の働きである。どんな罪でも悔い改めるならゆるされる。
ダビデの例、姦淫の女、十字架上の強盗…
幾たびも聖霊が良心に働き続けてく改めさせようという働きを拒み続けるなら、死に至る罪を犯すことになります。

聖霊の絶えざる訴えを続けて死に至る罪を犯した例として挙げられるのは、

・サウル王があげられます。
・またイエスを裏切ったユダもそうです。
・アナニヤとサッピラもそうでした。

誰も多くの過ちを犯し、罪を犯しますが、「神に対する悔い改めと主イエスに対する信仰」を最後まで持ち続けることが大事です。使徒20:21
ですから「一テサ 5:19 御霊を消してはいけない」と警告されているのです。