聖書研究ガイド_キリストの教会№1

*先日7月6日の聖書研究において幾人かの方々から反響がありましたので、補足としてレジメを掲載させていただきます。

第1課 (7月6日)  教会とは何か

司会者:花城健

暗唱聖句
「そして、万物をキリストの足の下に従わせ、彼を万物の上にかしらとして教会に与えられた。この教会はキリストのからだであって、すべてのものを、すべてのもののうちに満たしているかたが、満ちみちているものに、ほかならない。」エペソ1:22、23

〔目標〕
教会の性格に関する聖書の教えを学ぶ。

〔序言〕
新約聖書の中で「教会」と訳されているギリシャ語は「エクレーシア」である。この言葉はすでに古くホメロスの時代に、正式に招集された集会をさして用いられていた。ギリシャ語の辞典はこれを「正式に召集された市民の集会」と定義している。この言葉は、字義通りには「召し出し」を意味する。ギリシャ人は普通これを「集会を開く、あるいは召集する」という意味の動詞として用いていた。

ギリシャ語を話す地方に住むユダヤ人の数が多くなるにつれて、紀元前3世紀から旧約聖書はギリシャ語に翻訳されるようになった。一般にセプトウアギンタ(70人訳)と呼ばれているこの翻訳では、エクレーシアは旧約聖書の中でへブル人の集会を表わすカーハールの訳語として用いられ、またイスラエル社会全体をあらわすのにも用いられた(申命記4:10、9:10、23:2、士師記20:2)。こうして、新約聖書が書かれたときには、エクレーシアという言葉は神の民をあらわすギリシャ語としてよく知られていた。

 

【教会が組織された目的】

患上1
 教会は人類救済のために神がお定めになった機関である。教会は奉仕するために組織された。その使命は世界に福音を伝えることである。教会を通して神の満ちあふれる豊かさを世界に反映させることが、神のはじめからのご計画であった。暗やみから驚くべき光に招き入れられた教会員たちは、神の栄光をあらわさなければならない。教会はキリストの恵みに富んだ宝庫であり、教会を通して神の愛がついには「天上にあるもろもろ の支配や権威」に対してさえも十分明らかに示されるのである(エペソ3:10)。

 

【教会とは何か?】

UL315 (UL=The Upward Look[見上げる])
 神は、教会をお持ちである。それは壮大聖堂ではなく、国教会でも、様々な宗派でもないそれは神を愛し、その戒めを守る人々である。「ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである。」(マタイ18:20)謙遜な少人数の間にさえ、キリストがおられるならば、これがキリストの教会なのである。永遠に住まわれる、いと高く、聖なるお方のご臨在だけが、教会を構成するのである。

1ヨハネ 5:3 
神を愛するとは、すなわち、その戒めを守ることである。

ヨハネ17:11 
わたしはもうこの世にはいなくなりますが、彼らはこの世に残っており、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに賜わった御名によって彼らを守って下さい。それはわたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためであります。

 

  • 上の両方の図の見方:.赤い枠内がセブンスデー・アドベンチストである。
  • 司会者は上の見解②の立場を取っている。

 

聖霊に導かれて・上巻66
 神は、神が選ばれた民であり、神の掟を守る一つの教を、地上に持っておられます。神は、横道に逸れている分派ではなく、ここにいる一人、あそこにいる一人ではなく、一つの民を導いておられるのです。

 

大下360,361
 しかし神はこの地上に、聖書、そしてただ聖書だけをすべての教理の基準、すべての改革の基礎として保持する一つの民を、お持ちになるであろう。学識者の意見、科学の推論、教会会議の定めた信条や決議(これらは、教会の数が多くてその主張も違うように、おびただしい数にのぼって内容も千差万別である)、大衆の声、―これらのうちの一つであれ全部であれ、それをもって信仰上の事柄に関する賛否の根拠と見なしてはならない。どんな教理や戒めでも、それを受け入れる前に、「主はこう言われる」という明日な事実をその裏づけとして要求すべきである。

 サタンはいつも、神の代わりに人間に注意を向けさせようと努力している。

 

希上285
 キリストの時代に人類の光と生命が、教会当局によって拒否されたように、それはつづく各時代においても拒否された。キリストがユダヤからしりぞかれた歴史は、幾度もくりかえされた。宗教改革者たちが神のみことばを説いた時、彼らは、国教会から分離する考えはなかった。しかし宗教界の指導者たちが、光に対して寛容な態度を示そうとしなかったので、光を持った人たちは、真理にあこがれている他の階級の人たちをさがさねばならなかった。今日宗教改革者たちに従う者であることを自称している人々の中には、彼らの精神に生きている者が少ない。神のみ声をもとめて耳をかたむけ、真理がどんな形で示されようと、それを受け入れる用意のできている人は少ない。宗教改革者たちの足跡に従う者たちは、神のみことばのはっきりした教えを宣言するために、愛する教会から離れなければならない場合がたびたびある。また光を求めている人たちは、神に服従するために、この同じ教えによってやむなく父祖たちの教会から離れなければならないことが幾度もある。

 

患上309
 パウロが同国人のために働いているとき、神のみ霊は彼とともに、彼を通して働いていた。真理を知りたいとまじめに望んでいるすべての人々に、確信を与えるのに十分な証拠が示されていた。しかし多くの人々は 、自らを偏見と不信に支配されるがままにまかせて、最も確実な証拠に従うことを拒んだ。真理の反対者たちとこのまま交わりを続けていれば、信徒の信仰が危うくなるのではないかと恐れて、パウロは彼らを離れ、弟子たちを別個の群れとして集め、かなり著名な教師、ツラノの講堂で公開の説教を続けた。

 

初文230
 再臨信徒であると公言している種々の団体は、それぞれ、真理を少しずつ持っているが、神は、これらの真理をすべて、神の日のための準備をしている神の民にお与えになった。また、神は、これらのどの団体も知らず、また理解しない真理をお与えになった。主は、この人々には封じられている事柄を見て理解する用意がある者たちに、開示なさった。もし神が、人々に伝えるべき新しい光をお持ちの場合には、神が選んで愛しておられる人々に、それを理解させてくださる。彼らは、暗黒と誤りの中にある人々のところへ行って光を受ける必要はない。

 

初文230
 わたしは、われわれは最後のあわれみの使命を持っていると信じている人々は、毎日新しい誤りを吸収している人々から離れることが必要であることを見た。わたしは、若い者も年を取った者も、彼らの集会に出席すべきでないことを示された。それは、魂に致命的な毒である誤りを教え、教理を教えるかわりに人間の戒めを教える彼らを、このようにして奨励することは悪いことだからである。このような集会の影響はよくない。もし神が、このような暗黒と誤りから救い出してくださったならば、われわれは、神がお与えになった自由の中に固く立って、真理を喜んでいなければならない。神は、われわれが、行かなくてもよいのに誤りを聞きに行くのを、お喜びにならない。なぜなら、意志の力によって人々に誤りが強いられているこれらの集会に、神がわれわれをつかわされるのでないかぎり、神は、われわれを保護されないからである。天使たちは、われわれを守護することをやめる。

あ上89
 ながめることによって変化するのは、人間の精神の法則である。

 

黙示録12:17
 女の残りの子ら、すなわち、神の戒めを守り、イエスのあかしを持っている者たち

黙示録19:10
 イエスのあかしは、すなわち預言の霊である」。(最後の真の教会には、イエス様のあかしを取り次ぐ預言者が与えられる事を意味している。)

1コリント 14:32
  かつ、預言者の霊は預言者に服従するものである。(その預言者が聖書の言葉と矛盾しないことを意味している。)

2テモテ 3:16
  聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたもの

1ペテロ 1:10
  この救については、あなたがたに対する恵みのことを預言した預言者たちも、たずね求め、かつ、つぶさに調べた。 

1:11
  彼らは、自分たちのうちにいますキリストの霊が、キリストの苦難とそれに続く栄光とを、あらかじめあかしした時、それは、いつの時、どんな場合をさしたのかを、調べたのである。

Brother Butler, you may feel that you are taking a right course to become a free man, but you are taking a course to bring your own soul into bondage and bring darkness upon other minds. I am now of the opinion that the Testimonies will not live among God’s people. They will be removed. I have some light on this point but cannot now give it. Said Christ, “I have many things to say unto you but ye cannot bear them now.” [John 16:12.]-Ltr 16-1875.13

バトラー兄弟、あなたは自由な人間になるために正しい道を選んでいると感じているかもしれませんが、自分自身の魂を捕らわれの身にし、他の人々の心に暗黒をもたらす道を選んでいるのです。私が今持っている意見は、証しの書は神の民の間で生きないであろうというものです。それらは取り除かれるでしょう。この点について、私はある光を持っていますが、今はそれを与える事が出来ません。キリストは次のように言われました。「わたしには、あなたがたに言うべきことがまだ多くあるが、あなたがたは今はそれに堪えられない」(ヨハネ16:12)。―手紙16-1875.13

エレミヤ36:21
王はその巻物を持ってこさせるためにエホデをつかわした。エホデは書記エリシャマのへやから巻物を取ってきて、それを王と王のかたわらに立っているすべてのつかさたちに読みきかせた。

36:22
時は九月であって、王は冬の家に座していた。その前に炉があって火が燃えていた。

36:23
エホデが三段か四段を読むと、王は小刀をもってそれを切り取り、炉の火に投げいれ、ついに巻物全部を炉の火で焼きつくした。

The Lord has a controversy with his professed people in these last days. In this controversy men in responsible positions will take a course directly opposite to that pursued by Nehemiah. They will not only ignore and despise the Sabbath themselves, but they will try to keep it from others by burying it beneath the rubbish of custom and tradition. In churches and in large gatherings in the open air, ministers will urge upon the people the necessity of keeping the first day of the week. There are calamities on sea and land: and these calamities will increase, one disaster following close upon another; and the little band of conscientious Sabbath-keepers will be pointed out as the ones who are bringing the wrath of God upon the world by their disregard of Sunday. {RH March 18, 1884, par. 8}

[要約]安息日を守っていた教会指導者、責任者が土曜安息日を軽視し、日曜日を尊重するようになるのと同時に教会内や、キャンプミーティングにおいて信徒にも日曜日を尊重するように訴える。そして、災害が増すにつれて、安息日を守る小さな群れにその責任があると言われるようになる。

 

2SM 380
教会は今にも倒れるかのように見えるが倒れはしない。それは存続するのである。その時シオンの罪人は震われ、もみがらは尊い麦より分かたれる。これは恐ろしく苦しい試練であるが、それでも起こらなければならない。

 

〈教課の時間ではここまでで終了〉

1、  キリストのからだ

新約聖書の中で教会という言葉はどのように使われていますか。

〔答〕

a.礼拝のための集まり、Ⅰコリント11:18、14:4、28、35。

1コリント 11:18  まず、あなたがたが教会に集まる時、・・・

b.地方のキリスト者のグループ、その地方に住んでいるキリスト者の総体、マタイ18:17、使徒行伝5:11、8:3。特に名称のつけられているもの、使徒行伝8:1、ローマ16:1、Ⅰテサロニケ1:1。家の会衆、ローマ16:5、Ⅰコリント16:19。新約聖書には教会が建物をあらわす用法はない。キリスト教の初期において一般に信徒は、礼拝の場所を建設することが許されていなかった。彼らは家庭やそのほか彼らの入れる場所に集まっていた。

ローマ16:5  また、彼らの家の教会にも、よろしく。

1コリント16:19 アクラとプリスカとその家の教会から、主にあって心からよろしく。

c.全キリスト者の総体、すべての信徒からなる普遍的教会、マタイ16:18、Ⅰコリント12:28、エペソ1:22、5:25、27、32、Ⅰテモテ3:15、へブル12:23。

マタイ 16:18  そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉の力もそれに打ち勝つことはない。 

エペソ 1:22  そして、万物をキリストの足の下に従わせ、を万物の上にかしらとして教会に与えられた。 

1:23  この教会はキリストのからだであって、すべてのものを、すべてのもののうちに満たしているかたが、満ちみちているものに、ほかならない。 

エペソ 5:23  キリストが教会のかしらであって、自らは、からだなる教会の救主であられるように、夫は妻のかしらである。 

1テモテ3:15  万一わたしが遅れる場合には、神の家でいかに生活すべきかを、あなたに知ってもらいたいからである。神の家というのは、生ける神の教会のことであって、それは真理の柱、真理の基礎なのである。 

 

パウロは個別の教会が世界的教会の一部であることをどう述べていますか。(Ⅰコリント1:2)

1コリント 1:2  コリントにある神の教会、すなわち、わたしたちの主イエス・キリストの御名を至る所で呼び求めているすべての人々と共に、キリスト・イエスにあってきよめられ、聖徒として召されたかたがたへ。このキリストは、わたしたちの主であり、また彼らの主であられる。 

 

教会は他にどんな名称で呼ばれていますか。(エペソ1:22、23、4:12、ローマ12:4、5)

エペソ 1:22  そして、万物をキリストの足の下に従わせ、彼を万物の上にかしらとして教会に与えられた。

1:23  この教会はキリストのからだであって、すべてのものを、すべてのもののうちに満たしているかたが、満ちみちているものに、ほかならない。

ローマ12:4  なぜなら、一つのからだにたくさんの肢体があるが、それらの肢体がみな同じ働きをしてはいないように、 

12:5  わたしたちも数は多いが、キリストにあって一つのからだであり、また各自は互に肢体だからである。 

〔参考〕

教会は信ずる兄弟たちの絆であり、霊的な交わりであり、また神の子とされ、キリストのからだ、その契約の民とされている者たちの愛のむつびである。教会はエルサレム、東京、ボンベイ、リオデジャネイロ、センタビルなどに、それぞれ見える交わりとして存在することができる。教会のかしらであるキリストの生命にあずかり、彼の上に建てられ彼によって導かれているのであるから、これらはみな等しく教会である。生ける教会の最も根本的な特質は、彼を救い主として受け入れ、彼を愛しかつ互いに愛し合う者たちの心に宿るイエス・キリストである。それは神秘的な聖霊の業によって創造されるキリストとその民との声明の結合である。

2、        神の家族

神との和解を与えられた者はどんな家族に加えられますか。(エペソ2:18、19)

エペソ 2:18  というのは、彼によって、わたしたち両方の者が一つの御霊の中にあって、父のみもとに近づくことができるからである。 

2:19  そこであなたがたは、もはや異国人でも宿り人でもなく、聖徒たちと同じ国籍の者であり、神の家族なのである。 

 

地上の神の子らのほかに、誰が神の教会を構成していますか。(エペソ3:14、15、へブル12:22-24)

エペソ 3:14  こういうわけで、わたしはひざをかがめて、 

3:15  天上にあり地上にあって「父」と呼ばれているあらゆるものの源なる父に祈る。 

 

ヘブル 12:22  しかしあなたがたが近づいているのは、シオンの山、生ける神の都、天にあるエルサレム、無数の天使の祝会、 

12:23  天に登録されている長子たちの教会、万民の審判者なる神、全うされた義人の霊、 

12:24  新しい契約の仲保者イエス、ならびに、アベルの血よりも力強く語るそそがれた血である。 

〔参考〕

「地上の神の教会は天上の神の教会と一つである。地上の信徒と天にあって堕罪を知らない存在者たちが一つの教会を構成している。天の存在者はすべて、地上で神を礼拝する聖徒の集まりに関心を寄せている。彼らは天の内庭にいて、地上の外庭でキリストをあかしする証人の言葉に聞き入っている。地上の礼拝者の讃美と感謝は天の讃美と一つになり、キリストの死が罪に落ちたアダムの子らにとって無意味でなかったことを喜ぶ讃美と歓喜が天の宮廷に響き渡る。天使は水源から飲み、地上の聖徒はみ座から流れ出る清い水流、神の都を喜ばせるその水流から飲む。天と地のこの近さを我々すべてが認識することができたらと、私は願わずにはいられない」(教会へのあかし第6巻・366ページ)。

 

神の家族の中で天使にはどんな務めが与えられていますか。(へブル1:13、14、詩篇34:7)

ヘブル 1:13  神は、御使たちのだれに対して、「あなたの敵を、あなたの足台とするときまでは、わたしの右に座していなさい」と言われたことがあるか。 

1:14  御使たちはすべて仕える霊であって、救を受け継ぐべき人々に奉仕するため、つかわされたものではないか。 

詩篇 34:7  主の使は主を恐れる者のまわりに陣をしいて彼らを助けられる。 

 

〔参考〕

「主はみ使いの一人一人に、罪に落ちたこの世界のために労する務めをお与えになっている。神の助けが人間に提供されている。…

み使いたちは神の民に通じ、彼らを守り、暗黒の勢力が救いを継ぐ者たちを支配することのないように差し押さえている。われわれは天使と調和して働いているだろうか。これこそ主が人の子らと結んでおられる通信線である。…主イエスは天使の家族の一人一人に、特定の務めを与えておられる」(E・G・ホワイト注解、SDAコメンタリー・第7巻923ページ)。

「地上の子らが知らなくても、光の天使が彼らの伴侶である。沈黙した証人がすべて命ある者を守り、彼らをキリストに引きつけようと努めている。望みのある限り、すなわち人間が聖霊に逆らって永遠の破滅に至ってしまわない限り、彼らは天の存在者によって守られる」(教会へのあかし・第6巻366、367ページ)。

「天使たちは、わたしたちを保護するように、神の任命を受けているから、もし、わたしたちが、天使の守護のもとにあるならば、どんな危険なときにも、天使たちは、わたしたちの右にいるのである。わたしたちが、無意識のうちに、悪い感化を及ぼす危険がある場合、天使がわたしたちの側で、他のよい方法をとるように注意してくれて、言うべきことばを選び、わたしたちの行動を導いてくれる」(キリストの実物教訓317ページ)。

 

キリスト者は特に何を天の父に感謝すべきでしょうか。(エペソ1:3-6、ガラテヤ4:4-6)

エペソ 1:3  ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神はキリストにあって、天上で霊のもろもろの祝福をもって、わたしたちを祝福し、 

1:4  みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、 

1:5  わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである。 

1:6  これは、その愛する御子によって賜わった栄光ある恵みを、わたしたちがほめたたえるためである。 

 

ガラテヤ 4:4  しかし、時の満ちるに及んで、神は御子を女から生れさせ、律法の下に生れさせて、おつかわしになった。 

4:5  それは、律法の下にある者をあがない出すため、わたしたちに子たる身分を授けるためであった。 

4:6  このように、あなたがたは子であるのだから、神はわたしたちの心の中に、「アバ、父よ」と呼ぶ御子の霊を送って下さったのである

 

〔参考〕

「無限の愛 ― それはなんと偉大なものであろう。神は天を拡大するためにこの世界をお造りになった。神はより大きな被造者の家族を望まれる。…

神はご自分の栄光のために人間を創造された。すなわち試みののち、人類家族は天の家族と一つになることができるのであった。もし神の一つ一つの言葉に従順であることを示すなら、神は人類家族を天に住まわせるみ旨であった」(E.G.ホワイト注解、SDAコメンタリー・第1巻1081、1082ページ)。

 

人はどのようにしてはじめて、神の家族となることができますか。(エペソ2:12、13、16、18)

エペソ 2:12  またその当時は、キリストを知らず、イスラエルの国籍がなく、約束されたいろいろの契約に縁がなく、この世の中で希望もなく神もない者であった。 

2:13  ところが、あなたがたは、このように以前は遠く離れていたが、今ではキリスト・イエスにあって、キリストの血によって近いものとなったのである。 

2:16  十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである。 

2:18  というのは、彼によって、わたしたち両方の者が一つの御霊の中にあって、父のみもとに近づくことができるからである。 

 

神の家族に加えられるについて、私たちが果たすべきことは何ですか。(Ⅱコリント6:17、18、ヨハネ1:12)

2コリント 6:17  だから、「彼らの間から出て行き、彼らと分離せよ、と主は言われる。そして、汚れたものに触てはならない。触なければ、わたしはあなたがたを受けいれよう。 

6:18  そしてわたしは、あなたがたの父となり、あなたがたは、わたしのむすこ、むすめとなるであろう。全能の主が、こう言われる」。 

 

何が神の家族を結び合わせますか。(Ⅰヨハネ4:7、10、11)

1ヨハネ 4:7  愛する者たちよ。わたしたちは互に愛し合おうではないか。は、神から出たものなのである。すべて愛する者は、神から生れた者であって、神を知っている。 

4:10  わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。 

4:11  愛する者たちよ。神がこのようにわたしたちを愛して下さったのであるから、わたしたちも互に愛し合うべきである。 

ヨハネ17:16  わたしが世のものでないように、彼らも世のものではありません。 

17:17  真理によって彼らを聖別して下さい。あなたの御言は真理であります。 

初文137 群れが今必要としているのは「現代の真理」である。わたしは、使命者たちが、現代の真理の重要点を離れて、群れを一致させ魂を清めるのになんの役にもたたない問題を長々と話す危険を見た。

 

3、        神の宮

教会はこのほかどう表現されていますか。(エペソ2:21)

エペソ2:21  このキリストにあって、建物全体が組み合わされ、主にある聖なる宮に成長し、

 

この宮にあってイエス・キリストはどんな位置を占めていますか。(エペソ2:20、Ⅰコリント3:11)

エペソ 2:20  またあなたがたは、使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられたものであって、キリスト・イエスご自身が隅のかしら石である。

1コリント 3:11  なぜなら、すでにすえられている土台以外のものをすえることは、だれにもできない。そして、この土台はイエス・キリストである。 

 

この宮を築く石は何ですか。(Ⅰペテロ2:5、Ⅰコリント3:16)

1ペテロ 2:5  この主のみもとにきて、あなたがたも、それぞれ生ける石となって、霊の家に築き上げられ、聖なる祭司となって、イエス・キリストにより、神によろこばれる霊のいけにえを、ささげなさい。 

1コリント 3:16  あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。

 

この宮を建設するのは誰ですか。(エペソ2:22)

エペソ 2:22  そしてあなたがたも、主にあって共に建てられて、霊なる神のすまいとなるのである。 

(KJV)  In whom ye also are builded together for an habitation of God through the Spirit.

そしてあなたがたも、主にあって共に建てられて、御霊による神の御住まいとなる。

 

〔参考〕

「御霊によりて神の御住(みすまい)となるなり」(文語訳:エペソ2:22下句)。

「聖霊はあがない主の死によって可能となった救いを与えるために、霊的な生まれかわりの力として賜るものである。…もし人々が作りかえられることを望むならば、全人格のきよめがなし遂げられるであろう。み霊は 神に関する事柄を取り、それを魂に刻みつける」(患難から栄光へ上巻48、50ページ)。

「聖霊は全教会に生命を与え、教会にみなぎり、人々の心を清め、人の心を結びつける」(教会へのあかし・第9巻20ページ)。

「彼らは真理がこの世界から切り出してきた生ける石である。そして今、偉大な建設者であるこの宮の主が、これを切り刻み、これに磨きをかけ、霊の宮のそれぞれの位置にはめ込んでおられる。完成の暁にはこの宮は隅々まで完全となり、天使も人も賛嘆して止まないであろう。これをもくろみ、また建てたのは神だからである」(E・G・ホワイト注解、SDAコメンタリー・第2巻1029ページ)。

 

〔思考課題〕

1、   私は神の家族に加えられた恩恵を感謝しているか。

2、   私は心を悪から離し天に向けようと努力してくれている天使に十分に協力しているか。

3、   私は共に生活している神の家族を愛しているか。

 

参考書

各時代の希望中巻178-183、牧師へのあかし15-23、    患難から栄光へ下巻301-304