ミカエルの謎

By Doug Batchelor ダグ・バチェラー AMAZING FACTミニストリーの主幹

キリスト教界でミカエルという謎的な人物は誰かということがしばしば質問されます。ミカエルは、「御使のかしら」、「大いなる君ミカエル」とも呼ばれています。ある人々は、ミカエルは天使の最高位につくもの、または、守護のケルブの一人である、あるいは、ガブリエルのような特別なメッセンジャーであると主張します。したがって、彼は被造物であることになります。また、他の人々は、聖書注解者マシュー・ヘンリー(Matthew Henry)のように、ミカエルとはイエス・キリストご自身の多くの名前のうちの一つであると主張します。我々は、このミカエルという謎の存在を明確に知ることができるでしょうか? 知ることができるとすれば聖書に謎を解く鍵があるに違いありません。「それは教訓に教訓、教訓に教訓、規則に規則、規則に規則。ここにも少し、そこにも少し教えるのだ」(イザヤ書28:10)。

 

聖書の用語索引を引くと、ミカエルという名は聖書(新欽定訳)に15回出てきます。そのうち、10回は単にミカエルという名の人間です。ギリシャ語・ヘブル語辞書で「ミカエル」を調べると、「1人の天使のかしらと9人のイスラエル人の名」とあります。10回のうちの最後の5回に出てくるミカエルは天使のかしら、そして君であります。このお方についてここで研究します。

 

ミカエルに関するこれら最後の5つの聖句のうち、最初の3つは旧約聖書のダニエル書10:13, 21、12:1にあり、最後の2つは、新約聖書のユダ9黙示録12:7にあります。聖句と聖句を比較してよく調べると、ミカエルの正体は、イエス・キリスト以外の何ものでもないことが分かります。すなわち、ミカエルは、創造された天使あるいはケルビムではありません。ミカエルという名は、神のみ子の多くの崇高な肩書のうちの一つなのです。

 

一見すると、旧約聖書は、ミカエルを君として描いているようですが、新約聖書はミカエルを天使のかしらとして説明しています。しかし、似た言葉が用いられている、他の関連聖句を見てみると、興味深いパターンが浮かび上がってきます。

 

研究を進める前に次のことを考えてましょう。「天使」という言葉は、メッセンジャーという意味であり、聖書で非常に広く使われています。ある時には、聖書で、人間が天使と呼ばれています。1 サムエル 29:9(「神の使」は新欽定訳では“an angel of God”)、 ガラテヤ4:14(「神の使」は新欽定訳では“an angel of God”)。またある時には天使が人間と呼ばれています。創世記 32:24(「ひとりの人」は新欽定訳では“a Man”)。また他の聖句では、これから紹介しますが、神ご自身が天使と言われているところもあります。天使も、もちろん天使と呼ばれています。

 

普通、天使というとき、仕える霊であり、翼を持つセラピム、あるいはケルビムをイメージします。イエスと違って、これらの天の存在は被造物です。イエスは、地上に来て受肉する前は、言うことを聞かない仲間の天使ルシファーと争う、ただの力強い天使であったのだと、あるカルトの人たちは教えます。だから、イエスは父なる神によって創造された者であって、クリスチャンたちが信じているような永遠の神ではないとしています。この研究はその考えを拒否します。イエスは、今も、そして常に、神の永遠のみ子であり、実に神ご自身であります。この研究の中で、天使としてイエスを表現しているのは、単に伝統的に、最も偉大な救いのメッセンジャーであるという意味であって、彼の永遠の神格を低めようとする意図は全くありません。

 

鍵は名前にある

まず、いくつかの言葉や名前の意味について考えます。ギリシャ語の新約聖書では「angel」(発音:エンジェル)とは「メッセンジャー」という意味です。そして「arch」(発音:アーク)とは「かしら、長、最も偉大な、あるいは、最高の」という意味ですから、「archangel[御使のかしら]」(発音:アークエンジェル)とは単に「最高、あるいは、最も偉大なメッセンジャー」という意味です。旧約聖書にみられる「ミカエル」というヘブル語の名前は「神のような者」、ときには、質問の形で「神のような者は誰か?」という意味です。ですから天使のかしらミカエルという肩書は「神であられる最も偉大なメッセンジャー」とも訳され得るものです。この名前が質問であろうと、声明であろうと、挑戦であろうと、その意味は更に詳しい研究によって明確になることでしょう。ひとりの天使が神のようになろうと心のうちに言いました。天の宮廷から落ちた、その守護のケルブはルシファーでした。「いと高き者のようになろう」(イザヤ14:14)と言って悪魔あるいはサタンとなりました。黙示録12:7において、サタンは「ミカエルとその御使たち」と争って天から投げ落とされました。

 

主の御使

「主の御使」という言葉が聖書(新欽定訳)に68回出てきます。ある時には、ダニエル、ザカリヤ、そしてマリヤに現れたガブリエルに充てられています。しかし、ガブリエルは「an」angel of the Lord(ルカ1:11)と呼ばれていて、「the」angel of the Lordとは呼ばれていません。また御使のかしらとも呼ばれていません。(ついでですが、有名な天使ラファエルは聖書のどこにも登場しません。)ガブリエルは、おそらく神の御座のすぐ側のふたりの守護のケルブのうちのひとりでしょう。ガブリエルがゼカリヤに「わたしは神のみまえに立つガブリエルであ」ると言ったことを思い出してください。ルシファーはかつて堕落する前は、もう一方の位置にいました(エゼキエル28:14)。もし御使の最高の地位が神の御座の側にある守護のケルブの地位だとするならば、御使のかしらとは、誰であり、何なのでしょうか?人間の救いに関して顕著な役割を果たすこの力強い「主の御使(the angel of the Lord)」とは誰なのでしょうか?

 

父なる神は、すべてのものをイエスをとおして創造されました(へブル1:2エペソ3:9[欽定訳では「イエス・キリストによって万物を創造された神の中に」とある])。もし、キリストが人類を救うために、一人の人間となってサタンと戦うために地上に来られたなら、彼は、天においてもサタンの悪影響から民を守るために天使として自らを同一視されることは信じがたいことではありません。事実、キリストがこの地上で受肉する前に、神秘的なお方、すなわち「主の御使(the angel of the Lord)」として聖書に幾度か登場します。そのようなお方として言及されているときには、いつもその方がどなたであるかを知る手がかりがあります。では、それらの聖句を順序を追って見てみましょう。

 

ハガル

アブラハムのつかえめであったハガルがイシマエルを生んだ後、彼女と子のいないサラは、平和のうちに共に過ごすことができなくなりました。サラは高慢になった自分のつかえめハガルに対して厳しい態度に出たので、     ハガルは砂漠に逃げてしまいました。「主の使は荒野にある泉のほとり・・・で、彼女に会い」ました(創世記16:7)。御使は、ハガルにサラのもとに戻って従いなさい、そして彼女の息子イシマエルは大きな国民の父となるでしょうと言いました。「使」が姿を消した時、「ハガルは自分に語られた主の名を呼んで、『あなたはエル(意:神は)・ロイ(意:ご覧になる)です』」と言いました(創世記16:13)。ハガルは自分に語られた「主の使」を本当に神と認めていたようです。この聖句をご自分で読むと、はっきりしてくるでしょう。

 

アブラハム

神は、アブラハムにモリヤの山で息子イサクを犠牲としてささげるように告げました。アブラハムがちょうど約束の息子に短剣を突き刺そうとしたその時、主の使が彼を止めました。「主の使が天から彼を呼んで言った、『アブラハムよ、アブラハムよ』。彼は答えた、『はい、ここにおります』。み使が言った、『わらべを手にかけてはならない。また何も彼にしてはならない。あなたの子、あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った』」(創世記22:11, 12)。

 

アブラハムは息子を神にささげていたのであって、ただの天使にささげていたのではないことは明瞭で