神にできないこと

*霊感の言葉*

聖書朗読―エレミヤ31:3
「……わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している。それゆえ、わたしは絶えずあなたに真実をつくしてきた。」

CS52
「全地をその栄光でもって照らすところの神の霊の大いなる注ぎは、神と共に労するということの意味を経験によって知っている。啓発された民を我々が持つまではやってこない。我々が、キリストの奉仕に対して全身全霊を傾けて献身するとき、神は、計り知れないほどの御霊を注ぐことによって、その事実を承認なさる。が、教会の大部分が神の同労者となっていない間は、このようにはならないであろう。自我と放縦があまりにも一目瞭然のときに、神はご自分の霊を注ぐことがおできにならない。」

希望上108
「こうしたことは、『世の終りに臨んでいるわたしたちに対する訓戒のためである』(Ⅰコリント10:11)。われわれは、どんなにかたびたび神の祝福を誤解し、自分たちのうちに何かよいところがあるから恵まれるのだとうぬぼれることだろう。神はわれわれのためにしたいとお思いになることをなさることができない。」

希望中218
「罪にいたらせ、キリストの栄えをけがす習慣や行為は、どんな犠牲を払ってもとり除くがよい。神の栄えをけがすものは、魂を益することはできない。天の祝福は、正義についての永遠の原則を犯している人に伴うことができない。心に宿っているたった一つの罪でも、それは品性を堕落させ、他人を誤った方向へみちびくのに十分である。」

初代文集435
「神は、少しでも貪欲や利己心をお許しにならない(なれない)。そして神は、このような悪癖にふける者の祈りや勧告を憎まれる 。」

国と指導者上111-112
「すべての者の力と勇気と影響力とが必要な危機において、神は、正義のために固く立つことを恐れる人々をお用いになることはできない。神は、悪と忠実に戦い、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また、天上にいる悪の霊と戦う人々を召しておられるのである。」

CTBH40
「神は人の意志に反して、その人をサタンの策略から救うことはおできにならない。」

ST 1892年10月17日
「…永遠の言が肉となって、私たちのうちに宿った。この主題は不信を消すものであるが、悲しいことに、セブンスデー・アドベンチストの牧師たちによって説かれている多くの講演から、イエスが除外されてしまった。それはなぜなのか? なぜなら、牧師たちは信仰によってイエスを心に宿しておらず、彼らはキリストの義を身に付けていなかったからである。彼らが導かれようとしないために、イエスは彼らを無比の愛という緑の牧場にふさせ、いこいのみぎわに伴うことがおできにならなかった。彼らは心にイエスをもっていなかった。最も優しい同情のうちに、私たちの心を金の鎖のように人類と結びつけ、私たちを、信じる全ての魂と完全に一致させるのが、イエスの愛である。私の心の中におられるイエスの霊が、私の兄弟姉妹らの心の中におられるイエスを容認するのである。私たちの祈りと希望は一つである。」