第6課 再臨のしるし

4歳になる男の子をひざの上にして、旅に出かける父親が、「お父さんは、これから遠くに出かける。6ヶ月したら帰ってくる。お利口にして待っていなさいよ」と言いました。子供には6ヶ月と言っても分かりません。「6ヶ月ってなあに」と子供はたずねました。「そう秋に帰ってくるよ」と父親は言いました。子供にはその秋も分かりません。そこで父親は窓の外を見ながら、外を指さして、「あの森や林の木の葉の色が赤くなって、木の葉が落ちる頃に帰ってくるよ」と言って旅に出ました。子供はいつかその事も忘れて遊んでいましたが、ある朝、窓の外を見ていた子が、台所の母親の所にとんできて、「パパが帰ってくる。パパが来る」と叫びました。母親が「パパから何か知らせがあったの?」と聞くと、子供は目を輝かせながら「木の葉が赤くなって庭に落ちるときに帰って来るってパパが言ったでしょう。ほら、お庭に赤い葉っぱがいっぱい落ちてるよ」と。子供には11月という時や秋という季節は分からなかったのですが、パパが話した時のしるしを見ることはできたのです。柴田栄治「もう一つのものを」より。

1.キリストの再臨について弟子たちはどんな質問をしましたか。

「またオリブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとにきて言った、『どうぞお話しください。いつ、そんなことが起るのでしょうか。あなたがまたおいでになる時や、世の終りには、どんな前兆がありますか』。」マタイ24 : 3

 

2.キリストが挙げられたしるしはどんなものですか。

「民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。そしてこの御国の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。」マタイ24 : 7, 14

 

3.キリストはエルサレムの滅亡をどのように預言されましたか。

「預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)、そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。屋上にいる者は、家からものを取り出そうとして下におりるな。畑にいる者は、上着を取りにあとへもどるな。その日には、身重の女と乳飲み子をもつ女とは、不幸である。あなたがたの逃げるのが、冬または安息日にならないように祈れ。」マタイ24 : 15-20

「エルサレムが軍隊に包囲されるのを見たならば、そのときは、その滅亡が近づいたとさとりなさい。」ルカ21 : 20(注1)

 

4.どんな苦しみが預言されましたか。

「その時には、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな患難が起るからである。もしその期間が縮められないなら、救われる者はひとりもないであろう。しかし、選民のためには、その期間が縮められるであろう。」マタイ24 : 21, 22(注2)

 

5.この迫害の期間に続いて、どんな大きなしるしが起こることになっていましたか。

「しかし、その時に起る患難の後、たちまち日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。」マタイ24 : 29

「その日には、この患難の後、日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ。」マルコ13 : 24

「小羊が第六の封印を解いた時、わたしが見ていると、大地震が起って、太陽は毛織の荒布のように黒くなり、月は全面、血のようになり、天の星は、いちじくのまだ青い実が大風に揺られて振り落されるように、地に落ちた。」黙示録6 : 12, 13(注3, 4)

 

6.この他、キリスト再臨にはどんなしるしがありますか。

「富んでいる人たちよ。よく聞きなさい。あなたがたは、自分の身に降りかかろうとしているわざわいを思って、泣き叫ぶがよい。あなたがたの富は朽ち果て、着物はむしばまれ、金銀はさびている。そして、そのさびの毒は、あなたがたの罪を責め、あなたがたの肉を火のように食いつくすであろう。あなたがたは、終りの時にいるのに、なお宝をたくわえている。見よ、あなたがたが労働者たちに畑の刈入れをさせながら、支払わずにいる賃銀が、叫んでいる。そして、刈入れをした人たちの叫び声が、すでに万軍の主の耳に達している。あなたがたは、地上でおごり暮し、快楽にふけり、『ほふらるる日』のために、おのが心を肥やしている。そして、義人を罪に定め、これを殺した。しかも彼は、あなたがたに抵抗しない。だから、兄弟たちよ。主の来臨の時まで耐え忍びなさい。見よ、農夫は、地の尊い実りを、前の雨と後の雨とがあるまで、耐え忍んで待っている。あなたがたも、主の来臨が近づいているから、耐え忍びなさい。心を強くしていなさい。」ヤコブ5 : 1-8

「しかし、このことは知っておかねばならない。終りの時には、苦難の時代が来る。その時、人々は自分を愛する者、金を愛する者、大言壮語する者、高慢な者、神をそしる者、親に逆らう者、恩を知らぬ者、神聖を汚す者、無情な者、融和しない者、そしる者、無節制な者、粗暴な者、善を好まない者、裏切り者、乱暴者、高言をする者、神よりも快楽を愛する者、信心深い様子をしながらその実を捨てる者となるであろう。こうした人々を避けなさい。」テモテ第二3 : 1-5

 

7.キリスト再臨直前の世界の状態は、どのようなものでしょうか。

「人の子の現れるのも、ちょうどノアの時のようであろう。すなわち、洪水の出る前、ノアが箱舟にはいる日まで、人々は食い、飲み、めとり、とつぎなどしていた。そして洪水が襲ってきて、いっさいのものをさらって行くまで、彼らは気がつかなかった。人の子の現れるのも、そのようであろう。」マタイ24 : 37-39

「ロトの時にも同じようなことが起った。人々は食い、飲み、買い、売り、植え、建てなどしていたが、ロトがソドムから出て行った日に、天から火と硫黄とが降ってきて、彼らをことごとく滅ぼした。人の子が現れる日も、ちょうどそれと同様であろう。」ルカ17 : 28-30

「また日と月と星とに、しるしが現れるであろう。そして、地上では、諸国民が悩み、海と大波とのとどろきにおじ惑い、人々は世界に起ろうとする事を思い、恐怖と不安で気絶するであろう。もろもろの天体が揺り動かされるからである。そのとき、大いなる力と栄光とをもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。これらの事が起りはじめたら、身を起し頭をもたげなさい。あなたがたの救が近づいているのだから。」同21 : 25-28

 

8.キリストの再臨前に人々はどのように過ごしていますか。

「兄弟たちよ。その時期と場合とについては、書きおくる必要はない。あなたがた自身がよく知っているとおり、主の日は盗人が夜くるように来る。人々が平和だ無事だと言っているその矢先に、ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むように、突如として滅びが彼らをおそって来る。そして、それからのがれることは決してできない。しかし兄弟たちよ。あなたがたは暗やみの中にいないのだから、その日が、盗人のようにあなたがたを不意に襲うことはないであろう。あなたがたはみな光の子であり、昼の子なのである。わたしたちは、夜の者でもやみの者でもない。」テサロニケ第一5 : 1-5

 

9. キリストは、この時代に対してどんな訓戒を残されましたか。

「いちじくの木からこの譬を学びなさい。その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる。そのように、すべてこれらのことを見たならば、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。よく聞いておきなさい。これらの事が、ことごとく起るまでは、この時代は滅びることがない。天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることがない。」マタイ24 : 32-35

「だから、あなたがたも用意をしていなさい。思いがけない時に人の子が来るからである。」同24:44

 

注釈

【注1】パウロは紀元60年にローマに福音を伝えました。64年に彼はカイザルの家の信徒について書いており(ピリピ4 : 22)、同じ年に、この福音は「天の下にあるすべての造られたものに対して宣べ伝えられたもの」であると言っています。紀元66年の10月にケステイウスがエルサレムを包囲しはじめましたが、突然、不可解な理由で撤退しました。クリスチャンたちは、それをキリストがお与えになったしるしであると信じて逃げました。それから3年半後に、テイトウスが町を囲み、紀元70年に滅ぼしました。この5ヶ月の包囲で百十万人のユダヤ人が殺されました。

【注2】初代クリスチャンは異教ローマに迫害されました。教会はほとんど、3世紀の間ひどく悩まされました。クリスチャンは猛獣の餌食(えじき)にされたり、身体中にやにをぬられ、柱に縛られて、たいまつ代わりにされたこともありました。その他いろいろな殉教を遂げ、殺された者の数は三百万に達しました。これに引き続いて法王権の黄金時代、すなわち538年から1798年までの間に、それ以上の恐るべき迫害が起こり、一億以上の人々が生命を奪われました(ダニエル7 : 25;黙示録13 : 5, 7参照)。

【注3】「紀元1780年の5月19日は特別に暗い日だった。ろうそくをともした家がたくさんあった。鳥は歌うことをやめ、姿をかくし、鶏は小屋にひっこんでしまった。…審判の日が近づいたという考えが一般に広まった。」Timothy Dwight,  quotedby John W .Barber,  Connecticut Historica lCollections,  p.403.「次の夜の暗さは、おそらく、全能の神のご命令によって光が生じた時以来、最も暗い夜だったにちがいない。…その時わたしは、宇宙にある発光体が皆すっかり光線を放射し尽くしたとしても、あるいは光線を全然透さない暗幕ではりめぐらされたとしても、あれ以上暗くなることはないだろうと思った。目から四、五寸の所に持った白い紙も、真黒なビロードの布と変わりなく、全然見えなかった。」Samuel Tenny,  in Collectionsof Massachusetts Historical Society for the Year 1792,  Vol.1, pp.97, 98.

【注4】エール大学の有名な天文学者であり気象学者であるオルムステッド教授は、「この国のあらゆる機関雑誌や、同僚やわたしにきた無数の手紙の中の記録を集めて比較してみると、この現象が起ったおもな事実は次のようである。北アメリカの全土、すなわち北部のイギリス領から南の西インド諸島、およびメキシコまで、東はアメリカの海岸経度61度のところから西側の太平洋近くまで、星がほぼ同じはげしさで降った。降った時間はこの広大な地域を通じてほぼ同じだった。その夜の9時から12時ごろまでの間、今までになく落星がはげしく見られ、その輝きと共に人々の注目を引いた。最もはげしかったのは2時から5時までの間で、頂点に達したのは4時頃だったという所が多い。落星は日の光で薄れるまで続いた。」Denison  Olmsted,  The Mechanism of the Heavens, p.328.