第9課 救われる為にどうすれば良いか

1.人は自分で自分を救うことは決してできないことを聖書は何と教えていますか。

「エチオピヤびとはその皮膚を変えることができようか。ひょうはその斑点を変えることができようか。もしそれができるならば、悪に慣れたあなたがたも、善を行うことができる。」エレミヤ13 : 23

「あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。決して行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためなのである。」エペソ2 : 8, 9

 

2.なぜ神の律法に従う自分の努力によって救われることができないのですか。

「なぜなら、律法を行うことによっては、すべての人間は神の前に義とせられないからである。」ローマ3 : 20

「なぜなら、肉の思いは神に敵するからである。すなわち、それは神の律法に従わず、否、従い得ないのである。」同8 : 7

 

3. では私たちはどのように救われるのですか。

「それは、キリスト・イエスにあってわたしたちに賜わった慈愛による神の恵みの絶大な富を、きたるべき世々に示すためであった。あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。決して行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためなのである。」エペソ2 : 7-9

「ふたりが言った、『主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます』。」使徒行伝16 : 31

 

4.なぜ、イエス・キリストを信じることによって義とされ、救われるのですか。

① イエス・キリストが私たちの身代わりになって死んで下さって、罪の値を払ってくださったから。

「罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである。」ローマ6 : 23

「わたしたちがまだ弱かったころ、キリストは、時いたって、不信心な者たちのために死んで下さったのである。正しい人のために死ぬ者は、ほとんどいないであろう。善人のためには、進んで死ぬ者もあるいはいるであろう。しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。わたしたちは、キリストの血によって今は義とされているのだから、なおさら、彼によって神の怒りから救われるであろう。もし、わたしたちが敵であった時でさえ、御子の死によって神との和解を受けたとすれば、和解を受けている今は、なおさら、彼のいのちによって救われるであろう。」同5 : 6-10

② イエス・キリストが私たちのために律法の要求を満たしてくださったから。

「こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない。なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の法則は、罪と死との法則からあなたを解放したからである。律法が肉により無力になっているためになし得なかった事を、神はなし遂げて下さった。すなわち、御子を、罪の肉の様で罪のためにつかわし、肉において罪を罰せられたのである。これは律法の要求が、肉によらず霊によって歩くわたしたちにおいて、満たされるためである。」ローマ8 : 1-4

◎ 神の義、救いは信じる者に賜物として与えられるものです。(ローマ5 : 12-21参照)

5.イエス・キリストを信じる者は、神からどう見られるのですか。

「彼を信じる者は、さばかれない。信じない者は、すでにさばかれている。神のひとり子の名を信じることをしないからである。」ヨハネ3 : 18(ローマ8 : 1参照)

 

6.罪の赦しのために何をすべきですか。

「すると、ペテロが答えた、『悔い改めなさい。そして、あなたがたひとりびとりが罪のゆるしを得るために、イエス・キリストの名によって、バプテスマを受けなさい。そうすれば、あなたがたは聖霊の賜物を受けるであろう。』」使徒行伝2 : 38

 

7. 悔い改めとはどういうことを意味しますか。

① 罪を認めること。詩篇51 : 3, 10

② 罪を憎み、悲しみ、離れる決心をする。コリント第二7 : 9, 10

③ 罪を告白すること。1 : 9

④ 罪の償いをする。エゼキエル33 : 15;ルカ19 : 8, 9

8.真の悔い改めに導くものは何ですか。

「それとも、神の慈愛があなたを悔改めに導くことも知らないで、その慈愛と忍耐と寛容との富を軽んじるのか。」ローマ2 : 4

 

9.信仰を言葉と行いで告白することは大事ですか。

「すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである。」ローマ10 : 9, 10

 

10. 救いの次のステップは何ですか。

「信じてバプテスマを受ける者は救われる。しかし、不信仰の者は罪に定められる。」マルコ16 : 16

◎ イエス・キリストを信じる信仰と神に対する悔い改め(使徒行伝20 : 21)によって、私たちは義認され、赦され、神の子として受け入れられます。同時に罪から救われ、解放されます。信じる者に聖霊の賜物が与えられ、清められます。これを「新生」といいます。日毎に神の恵みに成長することを「聖化」と言います。キリストのような品性に清められ、完成されるために、イエス・キリストは天の聖所で私たちのために執り成しをしておられます。そして、やがてイエス・キリストの再臨の時に私たちは「栄化」されます(コリント第一15 : 57)。

◎改革を伴わない悔い改めはありません。悔い改めとは心の変化であり、改革とは、それに応じて生活に現われる変化です。「もし、改革が起らなければ、真に悔い改めたとは言えません。質物をもどし、奪ったものを返し、罪を告白し、神と人とを愛するようになったならば、その人は、確かに死より生に移っているのであります」キリストへの道、76ページ。